ひろさんぽ

ギター、お酒など趣味のことをつらつらを書いていくブログです。

【第1話】ウィントフック、国境での闘争

わたしは今、23歳で歯科衛生士を
している。


親が歯科医だったこともあり、わたしが
医療の仕事に興味を持つことはとても
自然な流れだった。


今は人にも職場にも恵まれ、充実した
日々を過ごしているがわたしには
忘れられないある体験がある。



6歳の誕生日を迎えて1週間ぐらいたったころ、
わたしは人生でもっとも最低でどん底
時期を経験した。


母が父を殺し、
わたしを殺そうとしたのだ。


母は生まれつき知的障害があり、同時に
アルコール中毒者でもあった。


健常者と比べて言葉を発することが
苦手な母は、会話をするときにも
喉をふりしぼって声を出す。


機嫌の良い時に
喉に何かが詰まったような
顔をして話す母がわたしは
愛おしかった。


父もそんな母の姿を見て
「ママは可愛いなぁ」と
心の底から思っていたみたいだ。


子どもながらに、父の母に対する
愛情を感じた。


こんなときに事件は起きた。


わたしが6歳のとき、家で
ゲームをして遊んでいると
母が血相を変えて玄関から
入ってきた。


わたしは何故かすごく
嫌な予感がした。


急いで2階から階段をかけおり、
玄関に向かった。
息をするのも忘れていた。


胃液が口元まで上がってきて、
口の中は腐ったみかんのような
ひどい匂いがした。


玄関に行くと母は普段は
細くて朗らかな目をギンと見開き
わたしを睨んでいた。


わたしにはその時、恐怖以外の
感情はなかった。


母がそんな顔をするのは初めてだったし、
ぎゅっと握りしめたこぶしには
赤くてドロドロとしたものがついていた
からだ。


母はわたしの顔を睨みながら
ハッキリとこういった。


「殺さなきゃ、殺さなきゃ」


わたしはこのとき、人生で初めて
本当に命の危険を感じた。


本能的に足元にあった靴下や
まだおろしていない新品の
青いスニーカーを母に投げつけた。


それは母には当たらなった。
わたしは急いで台所に逃げた。


母はウウゥとうめき声をあげながら
わたしの跡を追ってくる。


「ヤバい」と思ったわたしは
ガスコンロと換気扇の間にある
窓から外に逃げようと考えた。


まだ身体が小さかったわたしは
自分の身長と同じくらいある
キッチンによじ登り、窓を
開けた。


母のドスドス、という足音が
大きくなっていく。


わたしは窓から身体をよじらせ、
何とか外に脱出した。


パニックだったわたしは
とにかく母から離れることだけを
考えて、田舎道を全力で
走った。


20分ぐらい走り続けたのだろうか、
わたしは今まで見たことのない
大きな道路に出ていた。


肺が空気を取り入れるために
過呼吸のような状態になっていたが、
何とか地べたに座り、息を整えた。


体力も少し回復し、頭も少し冷静になった
わたしはあたりを見渡した。


ちょっと普通の道路とは
違うみたいだな、と思った。


何故ならそこは道路でありながら
車は1台も通っていない上に
カーブミラーも信号も
なかった。


そんなものの気配すらなかった。


砂漠に信号があるのが不自然なのと
同じように、この道路における信号や
カーブミラーの存在は不自然な気がした。


ただそれは明らかに道路の
様相をしていた。


わたしはとにかく家に
戻る事だけはしたくなかった。


母に何かあったに違いない。
左手についていたのは間違いなく
血そのものだった。


そして血よりももっと恐ろしいのが
あの母の形相だ。


あんな母は今まで見たことがない。


トボトボと道沿いを歩いていると、
いつの間には夕方になっていた。


「そろそろ帰らなきゃ・・・」


変わり果てた母に会うのは怖かったが、
それよりも夜1人でここで過ごすのは
もっと怖い。


わたしは家に帰るために今来た道沿いを
辿って帰ろうと思い、スッと後ろを
振り向いた。


するとそこには父がいた。


わたしはそのとき心の底から安心した。
安心して、ほろほろと涙が出た。


「お父さん、迎えにきてくれたんだ・・・!」


わたしは急いで父の元へ走った。
早くこの道路から出て、家に
帰ってしまいたかった。


父のところまであと20メートル、と
いったところである。
わたしはある事が気が付いた。


そこにいたのは私の父ではなく、
別の「何か」だった。


姿形はどう見ても父だった。
でもわたしにはそれが父ではないと
直感的にわかった。


「・・・誰?」


わたしはカラカラの喉を
振り絞って声を出した。


父の姿をした「何か」は
ニタっ、と笑ってこう言った。


「ヒ・ミ・ツ☆」